「うちの子、理系に向いていないんでしょうか?」

進路や習い事の相談では、こうした問いをよく耳にします。

算数が苦手だから文系。

手を動かすのが好きだから技術系。

本を読むのが好きだから文学系。

もちろん、子どもにはそれぞれ興味や得意不得意があります。

ただ、そこから一気に「この子は生まれつき、こちらに向いている」と決めてしまうと、大事な可能性を見落としやすくなります。

2025年に、教育分野の選択と遺伝的要因の関連を調べた大規模研究が、学術誌『Nature Genetics(ネイチャー・ジェネティクス)』に掲載されました。

タイトルは「Genetic associations with educational fields(ジェネティック・アソシエーションズ・ウィズ・エデュケーショナル・フィールズ)」です。

直訳すると、「教育分野と遺伝的関連」という意味です。

とても興味深い研究です。

ただし、読み方を間違えると、「やはり理系向き・文系向きは遺伝で決まる」という結論に飛びやすい研究でもあります。

今回は、感情論ではなく、論文のデータを見ながら、この「向き、不向き」を整理します。

まず、この論文は何を調べたのか

この研究は、フィンランド、ノルウェー、オランダのデータを使い、人がどの教育分野を選んだかと、DNA(ディーエヌエー)上の多くの小さな違いとの統計的な関連を調べたものです。

方法はGWAS(ジーワス)、つまりゲノムワイド関連解析です。

GWAS(ジーワス)は、たくさんの人のゲノム情報を見て、ある特徴と関連しやすい遺伝的変異を探す方法です。

ここで大切なのは、「工学の遺伝子」や「文学の遺伝子」を見つける研究ではないということです。

遺伝研究は集団全体の関連を見るもので、個人の進路を決めつける判定表ではないことを示す図
遺伝研究は集団全体の傾向を調べるものです。目の前の子どもを「向いている」「向いていない」と決める判定表ではありません。

多くの遺伝的変異が、集団全体で見たときに、教育分野の選択とどの程度関連しているかを調べています。

項目内容
主な対象国     フィンランド、ノルウェー、オランダ
全体の人数463,134人
分析した教育分野10分野
主な方法GWAS(ジーワス)、SNP(エスエヌピー)遺伝率、ポリジェニック指数、主成分分析
中心的な問いどの分野を選ぶかにも遺伝的関連があるか
重要な注意点個人の進路を診断する研究ではない

この研究の良いところは、「学歴が高いか低いか」だけでなく、「どの分野に進んだか」を見ている点です。

同じ大学卒でも、工学、教育、福祉、芸術、ビジネスでは、必要な技能も、社会的な評価も、将来の仕事も違います。

論文では、これを「垂直方向の格差」ではなく「水平方向の層化」として見ています。

つまり、上下の差ではなく、横方向の枝分かれとして捉えているということです。


遺伝研究で見るべきポイント

この論文の細かい分析は多いのですが、記事として押さえたいポイントは4つです。

ポイント論文で示されたこと読み方
規模フィンランド、ノルウェー、オランダの463,134人を分析かなり大きなデータで、教育分野の選択を見ている
SNP(エスエヌピー)10分野のうち7分野で、合計17個の有意な関連が見つかったただし「進路を決める遺伝子」が見つかったわけではない
SNP(エスエヌピー)遺伝率平均7%、中央値5%、範囲は3〜14%集団全体で見ると関連はあるが、個人の向き不向きを判定できる数字ではない
PGI(ピージーアイ)独立したデータでの追加的な擬似R2(アールツー)は最大でも約0.5%進路指導や入試に使えるほどの予測力はない

ここでいうSNP(エスエヌピー)とは、DNA(ディーエヌエー)配列の中にある一塩基の違いのことです。

ただし、17個のSNP(エスエヌピー)が見つかったからといって、「自然科学に進む遺伝子」「工学に進む遺伝子」が見つかったわけではありません。

人間の教育選択のような複雑な行動は、無数の小さな要因と環境の組み合わせで生まれます。

また、論文では教育年数の影響も考慮し、調整しています。

たとえば自然科学・数学・統計のような分野は、専門的に学ぶためには大学や大学院まで進む必要がある場合が多いです。

そのため、その分野を選んだ人には、「自然科学そのものに興味がある」という要素だけでなく、「高等教育まで進みやすい学力・環境・進学意欲がある」という要素も混ざります。

そのまま分析すると、遺伝的な関連が「自然科学を選ぶこと」と関係しているのか、「長く学校教育を受けやすいこと」と関係しているのかが分かりにくくなります。

そこで論文では、教育年数の影響を統計的に調整し、「それでも分野ごとの関連が残るか」を確認しています。

結論として、この研究は「教育分野の選択にも遺伝的な関連がある」と示しています。

ただし、その関連は小さく、複雑で、個人の進路を決める判定表にはなりません。

この研究をどう読んではいけないか

この論文は、「遺伝が教育分野と無関係ではない」ことを示しています。

しかし、「進路は遺伝で決まる」とは示していません。

ここは分けて考える必要があります。

論文が示したこと逆にいうと
教育分野の選択には、集団レベルで遺伝的関連がある  個人の進路をDNA(ディーエヌエー)では判定できる証拠は見つからなかった
10分野のうち7分野で有意な関連が見つかった特定の分野を決める遺伝子は見つからなかった
SNP(エスエヌピー)遺伝率は平均7%だった才能の7%だけが遺伝で、残りは努力という単純な話は見つからなかった
教育年数を調整しても分野固有の関連が残った家庭、地域、文化、性別規範の影響はありそう


特に大切なのは、遺伝的関連は環境を通して現れるという点です。

たとえば、ある子が物を分解するのが好きだとします。

その傾向には、生物学的な土台があるかもしれません。

しかし、その子が実際に工学に進むかどうかは、工具に触れる機会があったか、壊しても怒られない環境だったか、理科が得意だと思える経験があったか、周囲が「あなたはこういうのが好きだね」と肯定的に見てくれたかに左右されます。

逆に、興味の芽があっても、機会がなければ表に出にくくなります。

「種があっても、水も光も土もなければ育たない」という話です。

この研究の限界

論文と著者FAQ(エフエーキュー)で示されている限界も、きちんと見る必要があります。

限界意味
対象が主に北欧・欧州系データ        日本の子どもや多様な祖先集団へそのまま一般化できない
教育制度が比較的平等な国のデータ学費や地域格差が大きい社会では関連の形が変わる可能性がある
PGI(ピージーアイ)の個人予測力が弱い進路診断や入試判定には使えない
社会環境の影響を完全には分離できない家庭資源、性別規範、地域差などが混ざる可能性が残る
教育分野は広い分類同じICTでも、プログラミング、ネットワーク、デザイン寄りの学びは違う

これらの限界は、研究の価値を下げるものではありません。

むしろ、良い研究ほど「どこまで言えて、どこから言えないか」をはっきりさせます。

この論文から学ぶべきなのは、遺伝を無視することでも、遺伝で決めつけることでもありません。

遺伝、興味、経験、社会制度がどう絡み合うのかを、慎重に見ることです。

そして、その「環境の側」をもう少し具体的に見ると、進路の景色は変わってきます。


ここで別の研究もみてみると

ここで少し視点を変えて、進路選択を地理的な観点から見てみます。

遺伝研究は、本人の中にある傾向と環境がどう絡むかを見ていました。

その環境のひとつが、子どもが育つ「地域」です。

では、地域の側から見ると、進路はどのように変わるのでしょうか。

2025年の「Neighborhood Effects on STEM Major Choice(ネイバーフッド・エフェクツ・オン・ステム・メジャー・チョイス)」という研究では、子どもが育った地域が、大学でSTEM(ステム)分野を選ぶ確率に影響するかが調べられています。

STEM(ステム)とは、科学・技術・工学・数学の分野のことです。

この研究では、テキサス州の行政データを使い、学校時代に引っ越した子どもたちを分析しています。

STEM(ステム)に進む人が多い地域へ早く移った子と、遅く移った子を比べることで、地域で過ごした年数の影響を見ようとしています。


見ているもの主な示唆

育った地域と大学でのSTEM(ステム)専攻    STEM(ステム)に進む人が多い地域で長く育つほど、STEM(ステム)を選びやすくなる
        

このSTEM(ステム)専攻の研究では、高STEM(ステム)地域で過ごす年数が長いほど、大学でSTEM(ステム)専攻を選ぶ確率が上がる傾向が示されています。

しかも、その効果は単にテストの点数が上がったから、という説明だけではありません。

発展的な数学・理科の科目を取るようになる、といった行動の変化を通じて起きている可能性が示されています。

近くにSTEM(ステム)職の大人がいることも、進路の見え方に関係していると考えられます。


さらに別の研究でも

発明家に関するBell、Chettyらの研究でも、似た見方ができます。

この研究では、特許記録と税記録を結びつけ、子どもが将来発明家になる確率を調べています。

見ているもの主な示唆



育った地域・家庭環境と将来の発明家     発明や技術職に触れやすい環境で育つと、その道に進みやすくなる

高所得家庭の子どもは、低〜中所得家庭の子どもより発明家になりやすいことが示されています。

ここでいう「格差が残る」とは、能力の差を意味しているわけではありません。

幼少期の数学成績が同じくらいの子ども同士で比べても、家庭所得や周囲の発明家との接点によって、将来発明家になる確率の差が消えない、という意味です。

言いかえると、同じくらいの成績でも、置かれた環境によって進みやすさが変わるということです。

そのため、「能力がある子は、どこにいても自然にその道へ進む」とは言い切れません。

発明や技術職が身近に見えるか。

その分野で働く大人に触れられるか。

女の子にとって、同じ技術分野の女性発明家が身近にいるか。

こうした環境も、進路選択に関係すると考えられています。

これは大事な視点です。

子どもは、自分の周りの「見えている世界」の中から進路を想像します。

近くにエンジニアがいる。

研究所や技術系の会社がある。

学校で発展的な理科や数学に触れられる。

そうした環境があると、「自分もその道に進めるかもしれない」と考えやすくなります。

遺伝の研究と地域の研究は、別の角度から同じ答えをはじき出しています。

進路は、ひとつの要因で決まるものではありません。

本人の傾向、家庭、学校、地域、身近に見えるロールモデルが重なって、少しずつ形になっていきます。


キノコードとしてはどう考えるか

キノコードとしては、「向いているかどうか」を早く決めすぎないことが大切だと考えています。

特にプログラミングでは、最初の印象があまり当てになりません。

最初からコードをすらすら書ける子もいます。

でも、少し難しくなると、エラーを読むのが苦手で止まることがあります。

逆に、最初はゆっくりでも、何度も試し、分からないところを質問し、少しずつ自分で直せるようになる子もいます。

このとき、どちらが「才能がある」と言えるのでしょうか。

すぐにできることも、才能の一部かもしれません。

しかし

「続けられる才能」

「エラーが出ても諦めない才能」

「質問して解決できる才能」

「いろんな方法を試せる才能」

色々な側面があります。

「それは才能じゃなく、努力では?」そう思う人もいるかもしれませんが「努力も才能」です。(裏付ける県境は色々あります)

ただ、重要なのでは「努力」という才能があるわけではなく、「自制心、粘り強さ、好奇心の度合い、今までの練習量」などが「今、努力できる量」に繋がります。

つまり、一般的な「才能」という言葉はあまりにも雑な言い方すぎるのです。

それを細分化してDNAレベルで調べたとしても「何かしらの影響はありそう」レベルでしかわからない、ということです。

それよりも環境などの影響のほうがハッキリとした影響があります。

また、あくまでこのようなデータは「計測した時点で成果があったか?」しかわかりません。

進路や才能を見るときは、「今できるか」だけでは不十分です。

その子が、どんな課題なら時間を忘れて考えるのか。

失敗したあと、どんな助けがあれば戻ってこられるのか。

説明を聞くより、手を動かしたほうが理解しやすいのか。

人と話しながら考えるほうが力を発揮できるのか。

抽象的なルールを考えるのが好きなのか、実際に動くものを作るのが好きなのか。

こうした観察のほうが、目の前の子どもには役に立ちます。


まとめ:向き不向きは、環境の中で見えてくる

今回見た遺伝研究は、「教育分野の選択にも遺伝的な関連がある」と示しました。

ただし、その関連は小さく、複雑で、個人の進路を決める判定表にはなりません。

一方で、地域やロールモデルに関する研究は、ハッキリと、子どもが「自分もこうなりたい」と感じるかが、育った環境によって変わることを示しています。

つまり「向き不向きは本人の中だけで完結しているものではない」ということです。

遺伝的な傾向、家庭、学校、地域、出会った大人、選べる科目、試せる機会。

それらが重なって、子どもの興味や進路は少しずつ形になります。

だから、子どもに必要なのは、「あなたは理系じゃないね」と早く決めつけられることではありません。

保護者、教師など周りの大人がそんな雑な判断をした時点で、道は閉ざされます。

大事なのは機会を増やすことです。

プログラミング、工作、文章、デザイン、発表、データ分析、ロボット、ゲーム制作。

いろいろ触れてみて、「これは面白い」「これは苦手だけど、工夫すればできそうだ」「これは今の自分には違うかも」と分かっていく。

その過程の中で、才能は見つかることもあれば、育っていくこともあります。

研究を読む意味は、子どもを分類することではありません。

子どもにどんな経験と機会を渡すべきかを、大人がより丁寧に考えることです。

参考

Cheesman et al. Genetic associations with educational fields. Nature Genetics, 2025.

Supplementary Tables for Genetic associations with educational fields

Fields genetics project FAQ

Wedow. Exploring educational field sorting using genetics. Nature Genetics, 2025.

Kim, Munshi, and Murphy. Neighborhood Effects on STEM Major Choice, 2025.

Bell et al. Who Becomes an Inventor in America? The Importance of Exposure to Innovation. NBER, 2019.