週末に子どもと外で遊ぼうと思い立ち、スマートフォンの地図アプリを開くことがありますか?
ほとんどの場所では「近くの公園」と検索すれば、画面にはたくさんのピンが表示され、一見すると遊び場には事欠かないように思えます。
しかし、実際に足を運んでみると、小さなベンチがぽつんとあるだけだったり、交通量の多い幹線道路を渡らなければならなかったりして、引き返した経験はないでしょうか?

地図上のピンの数と、子どもたちがのびのびと遊べる場所が本当にあるかどうかは、必ずしも一致しません。
「近くにある」という言葉が指す意味は、誰の目線に立つかによって変わるからです。
直線距離では近くても、歩道が整備されていない危険な道しかない場合などは、子どもにとっては非常に遠い公園になります。
この身近な違和感を、データ分析で調べた研究があります。

2026年6月に学術誌『Scientific Reports』で公開された、イランのアルダビール市を対象とした研究です。
研究チームは、市内の6,417の国勢調査区について、公園の広さ、そこまでの距離、地域に住む子どもの数などを組み合わせました。

分析の結果、2,615の調査区に暮らす約8万6,000人、都市の子どもの42%が、公園へのアクセスが限定的、またはほとんどない状態にあると推定されました。

家と公園を大きな道路が隔て、安全な遠回り経路が示されている図
距離が短くても、道路と安全な経路によって公園の使いやすさは変わります。

もちろん、この42%をそのまま日本の都市へ当てはめることはできません。
この研究は特定の一都市を対象としており、距離の計算も主に直線距離を使っています。
実際の道路の曲がり方や、歩道のない経路までは完全に表していません。

分析対象の「子ども」も、18歳未満で一括りにされています。
公園の遊具が安全に管理されているか、治安はどうかといった質的な要因も十分には含まれていません。
このモデルだけで、公園の使いやすさをすべて測れるわけではないのです。

平均が隠してしまうもの

考えさせられるのは、「市全体の公園数」や「住民一人あたりの公園面積」といった平均値だけでは、本当に困っている地域が見えなくなることです。

都市全体には十分な数の公園があっても、一部の地域へ偏っていれば、別の地域の子どもたちは利用しにくいままです。
教室を運営していて感じるのは、大人が良かれと思って用意した平均的な環境が、特定の子どもには合わないことがあるという点です。

たとえば、パソコンの画面サイズやキーボードの高さだけでも、幼児と高校生では使いやすい状態が違います。

公園が近い地域と、子どもが多いのに公園が遠い地域を比較した地図
市全体の公園数だけでは、地域ごとに残る不足を見つけられません。

データ分析でも、似た問題が起こります。
初心者のうちは、データの全体像を知るために合計や平均を求めます。
しかし、誰かの行動を変えるシステムを作る場合、平均値だけでは次の行動を決められません。

「この機能の満足度は平均80点です」と言われても、何を直せばよいのか分からないからです。
地域、年齢、時間帯などに分けて観察すると、平均の中に隠れていた違いが見つかります。

データを切り分ける目的は、表を細かくすることではありません。
どの条件にいる人が、何に困っているのかを見つけることです。

「近い」を分解してみる

子どもにとって「公園が近い」とは、どのような条件で成り立つのでしょうか?
大人にとっての徒歩5分は、距離と時間の計算で済むかもしれません。
子どもの場合は、周囲の環境によって意味が変わります。

まず、安全性という条件があります。
直線距離で100メートルの場所に公園があっても、途中にガードレールのない幹線道路があれば、低学年の子どもを一人で行かせることは難しくなります。

これは、システムのアクセス権限に少し似ています。
場所は存在していても、安全に利用できる条件を満たさなければ、その子にとっては選択肢になりません。

年齢による違いもあります。
幼児に合う砂場や小さな遊具があっても、中学生が体を動かしたり、友達と過ごしたりする場所としては使いにくいかもしれません。

ただし、システムの権限と現実の遊び場には違いがあります。
システム上の条件は明確に区切れますが、子どもの成長や地域の安全性は少しずつ変わります。
昨日までは一人で渡れなかった道を、今日は安全に渡れるようになることもあります。

大人と子どもが同じ公園に対して異なる経路を選ぶ地図
地図上の距離は一つでも、年齢や安全条件によって選べる経路は変わります。

固定された地図データで、変化する現実をどこまで表せるのか。
ここに、データ活用の難しさがあります。

地図は社会を問い直す道具になる

地図データやGPSの記録は、目的地までの最短経路を探すためだけのものではありません。
使い方を変えれば、どの地域で、誰が施設を利用しにくいのかを調べる道具になります。

個人的には、プログラミング教育もコードの書き方だけで終わってほしくありません。
データを使って身の回りの仕組みを観察し、何を変えればよいか考えるところまで進むと、学んだ技術が社会とつながります。

次に地図アプリで近所の公園を探すときは、ピンの裏側を想像してみてください。
そこは、誰にとって近いのでしょうか?
道路を一本挟むだけで、その場所を利用できない子どもが隠れてはいないでしょうか?